【神田祭】外神田十二睦『栄町会』


zp_P3080028今回は外神田十二睦の中の『栄町会」を紹介していこう。『栄町会』は外神田5丁目の一部で構成されている町会だ。主な店舗として、エルセロ・ドス、かつ丼屋、トリオンプなどの店舗がある地域となる。

 

 

栄町会

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ここはかつて、神田栄町と呼ばれていました。
江戸時代には武家屋敷が立ち並んでいた地域で、幕末の頃の絵図には、この一帯が豊前小倉藩小笠原家の中屋敷となっていたことが記録されています。ちなみに中屋敷とは、上屋敷(本宅)に対する控えの屋敷のことで、後継などが居住しました。
この界隈が大きく様相を変えたのは明治維新後のことです明治二年(1869)十二月、神田相生町から出た火事によって、現在の外神田周辺は焼け野原となってしまいました。そこで明治新政府は、神田竹町、神田平河町、神田松永町などに、防火のための空き地(火除地)を設置します。それらの町に住んでいた人たちがこの界隈に移転させられ、神田栄町ができたのです。「栄」という名前は、住民が町の繁栄を祈願して付けた町名であるといわれています。
明治四十四年(1911)、町は栄町と改称しますが、昭和二十二年(1947)、神田区と麹町区が合併して千代田区が成立した際、ふたたび神田栄町となりました。そして昭和三十九年(1964)、住居表示の実施で神田亀住町や神田元佐久間町とともに、現在の外神田五丁目となりました。

※外神田五丁目栄町会の碑より転載

このような由来がある。現在の住所では「千代田区外神田五丁目」の一部が栄町会だ。マップで見る外神田五丁目1番地、6番地に該当する地域となる。こちらの町会の碑はかつ丼屋の前にあるので探してみよう。

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また同地区の江戸時代の地図ではこのような感じとなる。元佐久町会もだが、豊前小倉藩小笠原家の中屋敷の中に栄町会も入っているのが分かる。

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栄町会は蔵前橋通りに面している町会でもあるので、秋葉原の歩行者天国開催時には歩行者天国の終わりからちょっと見ることもできる町会なので気にしてみよう!

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【詳細情報】
■町会名:栄町会
■該当地域:外神田5丁目1番地、外神田5丁目6番地
■碑の場所:かつ丼屋末広町店の前
■サイト等:なし
■千代田区サイト:
http://www.city.chiyoda.lg.jp/koho/bunka/bunka/chome/yurai/kandasakae.html

 

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秋葉原プラス 編集部
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