2025年5月2日から4日まで開催の大阪コミコン。開催直前の大阪コミコンを含め日本でのコミコンの仕掛人である胸組光明氏へインタビューを行った。コミコン開催までの経緯、そして2025年5月2日開催の大阪コミコンの見どころ、今後のコミコンに関して伺ってみた。
東京コミコン開催に至る経緯
今回のインタビューではこちらからいくつか質問を行い、それに対して胸組氏より回答を頂く形で行った。最初は日本でコミコンを開始するまでの経緯について伺った。
ーー東京コミコンをなぜ実施しようと考えられたのでしょうか?
胸組氏:もともとコミコンは、1970年代にコミックの転売会・即売会的なイベントとしてサンデイエゴで始まり、1990年代に入りローカルイベントから映画化されるコミックのタイトルから映画会社が参入し始め、コミック販売からエンターテイメント業界が新商品を発表したりと、イベント形態が変わっていきました。1990年代当時は日本ではコミコンと言われてもあまり知名度はありませんでしたが、(胸組氏の)会社がアメリカから商品を輸入する事業を行っていた関係もあり1990年代の初めからコミコンへ行くようになったのがきっかけでした。
胸組氏:1990年代ごろからコミコンではスター・ウォーズを代表するような映画に出ている俳優との交流会が行われており、ハリウッド映画が好きなこともあり、俳優繋がりでコミコンを日本で開催できないか、と考えていました。もちろん、現在のコミコンの規模での開催は最初は無理でした。そのため、当時のアメリカで行っていた都市を俳優が回りサイン会やポラロイドでの撮影会をヒントに、スター・ウォーズの俳優を中心に日本に呼んで開催したのが最初でした。
胸組氏:(胸組氏の)会社が東京タワーにハリウッドの映画グッズ(小道具)のミュージアムを1998年から持っており、そのプロモーションもかねてスター・ウォーズの俳優を読んだのが始まりでした。最初に呼んだのが1999年にスター・ウォーズのダースベイダーの中に入っていたデヴィッド・プラウズさん。次にC-3POのアンソニー・ダニエルズさん。2000年にスター・ウォーズが復活するのですが、その時にはダース・モールをやったレイ・パークさん。それが現在まで繋がっています。
胸組氏:東日本大震災の直後の2012年頃にショップで行うイベントではなく規模を大きくしたい、という事でホテルグランドパレス(飯田橋)の宴会場を借りて、グッズメーカーさんなどに声をかけに最初に呼んだのがバック・トゥ・ザ・フューチャーのクリストファー・ロイドさん。500人~1000人程度を想定していたものが、実際には3000人以上が参加し大変でした。
胸組氏:2012年にハリウッド・コレクターズ・コンベンション(https://hollycon.jp/)を始めて、毎年3,4回開催してきましたが、2014年~15年にかけて、シリコンバレーコミコンをプロデュースしていたグループが「日本でコミコンをやらないか?」と誘ってきた。2015年くらいに何かできないかと考え、プレコミコン的な形でスター・ウォーズのレイ・パークとイアン・マクダーミドらに来てもらって2016年から打ち上げますよ、とアナウンスをかけたのがスタートとなります。
ーーハリコンからコミコンの流れで苦労した点は?
胸組氏:コミコン、と言うからには知っている人から見ればサンディエゴやニューヨークを意識します。少なくとも何万人という動員をしないとコミコンと言えない。その為、「最初は場所だ」という事で幕張メッセと相談し12月には空きがあることを確認しました。続いて開催資金、そしてコンテンツに関して色々考えました。東京コミックコンベンションの現会長が「おもしろそうだからやってみようよ」と言ってくれ資金に関しては解決。商品と俳優に関しては今までの経験からそろえることは出来る。あとは業界のメーカーさんや版元のディズニーやワーナー、ソニーへと営業活動を開始し、特にこの3社がコミコンの大きなコンテンツになっていただけたのが非常に大きかった。エンターテイメントの版元の協力、グッズメーカーの協力、ハリコンで築いた海外ゲストのブッキング、この3つを柱に開催をすることにした。

開催1年目で3万人以上の集客を実施し目標を達成。これがこの後今まで続く東京コミコンのスタートとなった。また、第1回開催の東京コミコンで来てくれた俳優の中で集客に寄与してくれたセレブはスタン・リーだと振り返っていた。当時90歳であったスタン・リーがステージに上がるとファンからの声援、さらには会場を巡るなどですごく盛り上がったと回想していた。
ーー開催を重ねていく中で来場者が増えている要因は何だと分析されていますか?
胸組氏:海外ゲストが一番大事とは思っていますが、それだけでは成り立たないので、3つのコンテンツに対してどれだけ深堀出来るかがポイントです。映画好きな人と海外ゲスト好きな人を融合させる、さらにグッズとのクロスオーバー。難しいところだがある意味確立されているので、これら以外でどのように裾野を広げていくかを考えています。プロレスをやったり、声優やアイドルを追加したりと、スクラップアンドビルドを行っています。
ーー2020年(コロナ禍)の開催は大変だったと思いますが、開催に苦労した点はありましたか?
胸組氏:当時は外に出てはいけないという時期だったので、他のイベントがほとんど中止だった中、コミコンは開催して6,7,8年と動員数が増えており2019年はもうちょっとで10万に届く、という気持ちがあったので、コロナで中止となり気持ちが切れるのが嫌でした。人集めはできないけどコミコンは開催しているんだよ、という気持ちでオンライン開催に絞ろうという事でイベントを実行しました。その中で、コミコンらしさであるスタジオ収録では無くコンベンション会場でコーナーを作って映画の小道具やプロップが置いてある様子を発信したのです。俳優の撮影会はあきらめましたがサイン会はオンラインでも可能だ、という事で開催しました。特にイライジャ・ウッド氏はオンラインで出てくれたので臨場感もあり良かった。大変な中続けることが大事、ということでこの年は走り切りました。
ーー1番印象深かった年は?
胸組氏:やっぱり1回目ですね。始める苦労がどうしてもあるので。周りからの目もあったし、1回目を次に繋げるためにどうやって認知させるかの苦労がありました。
ーー今後、来場者を増やすための施策はありますか?
胸組氏:これは今の実行委員会の人々に考えて貰うものですが、(胸組氏が)やろうとしてできてないコンテンツの一つがハリウッド映画に限らず全ての映画の俳優だけではなく、作る側の人(スタッフたち。ディレクター、プロデューサーやスペシャルエフェクトやスペシャルメイクアップ、モデルミニチュア作る人など)を呼んで制作に関するときの気持ちや苦労話などを語って貰うコンテンツが出来てない。(胸組氏としては)80~90年代が好きなので、CGが無かった時代の作り手の話を聞いてみたい、できるならやってみたいです。
ーー大阪コミコンの注目は?
胸組氏:今回はニコラス・ケイジがいるからね、世界で初めて。ビル・スカルスガルドも世界初めてのコンベンション参加。日本のコミコンに参加してくれた理由は、「日本に来る」という事を理由にしてくる人が結構多い。
ーー今後呼びたい人は?
胸組氏:出来るだけ新しい人や初めての人を呼んでみたいとは思っているけれど、コンベンションに参加しないという俳優も多いが、日本を理由にするとOKが出る俳優さんもいるので「日本」というコンテンツが上手くアプローチできれば、と。ジョニー・デップの名前も挙がっているしね。アジアの俳優の参加としては、韓国、香港、タイの俳優さんでハリウッドで活躍している人にも来て盛り上げてもらいたい。
胸組氏の活動が今の東京コミコン、大阪コミコンを作り上げたスタートとなったのが分かるインタビューとなった。今後も大きくなっていく日本のコミコン。直近は2025年5月2日から開催の大阪コミコンだ。この好きから始まった日本のコミコン文化、一緒に楽しもう!
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