【神田祭】外神田十二睦『五軒町会』


zp_P5060053五軒町といえば、末広町駅からアーツ千代田3331を含む一角を町会とする近年マンション等の建設で住民が増えている地域だ。位置的には台東区、文京区との境界を持ち、湯島等へもアクセスの良い地域となっている。

 

五軒町会

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五軒町は住所としては、ほぼ外神田六丁目全域をその町会としている。北側は台東区と、西側を文京区と接する。

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 江戸時代、この界隈には、上総久留里藩黒田家上屋敷、下野黒羽藩大関家上屋敷、安房勝山藩酒井家上屋敷、播磨林田藩建部家上屋敷、信濃上田藩松平家下屋敷と、五つの大名屋敷が並んでいました。「五軒町」と呼ばれていたのはそのためです。
明治維新のとき、政府によってこれらの屋敷は召し上げられ、桑や茶の植え付け地となりました。明治五年(1872)、この地は神田五軒町と名付けられ、人家が立ち並ぶようになります明治三十年代には、てんぷらの名店や寄席などができ、町はおおいに賑わいました。
明治四十四年(1911)、町名は神田が外されいったん五軒町となりましたが、昭和二十二年(1947)に神田区と麹町区が合併して千代田区になると、再び神田五軒町に戻ります。そして、昭和三十九年(1964)、住居表示の実施にともなって外神田六丁目となりました。

外神田六丁目にある五軒町の碑より転載

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現在の住所では外神田六丁目3番5号〜6号、4番~16番の地域が該当する。アーツ千代田3331(旧練成中学校)を中心とした地域一帯と思えばわかりやすいのではないだろうか?

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江戸時代の地図をみると、地図を四等分した際の左下の中心よりの一角が現在の五軒町だ。現在、昌平橋通りがまっすぐ突っ切っている関係で播磨林田藩建部家上屋敷の一部が、昌平橋通りに遮られちょうど離れ小島のような場所(外神田六丁目3番5号〜6号、9番)まで五軒町となっているのがわかる。秋葉原(外神田)に住もうとした場合、現実的に住むことができる町会の一つでもある。

【詳細情報】
■町会名:五軒町会
■該当地域:外神田六丁目3番地5号〜6号、4番地~16番地
■碑の場所:サンクス前
■サイト等:なし
■千代田区サイト:
https://www.city.chiyoda.lg.jp/koho/bunka/bunka/chome/yurai/goken.html

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秋葉原プラス 編集部
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