神田祭(2015年)は終わってしまったが、また2年後の為に外神田十二睦の紹介を続けていく。今回は昌平小学校の裏手にあたる場所に碑がある金澤町会を見ていこう。
金澤町会
金澤町会は神田寺幼稚園、昌平小学校と外神田の文教地区と言える地域となっている。JAM AKIHABARAの常連さんにはおなじみの町会だ。
ここはかつて金澤町と呼ばれていました。町名の由来は、江戸時代の初めのころにさかのぼります。江戸の大半を焼き尽くした明暦三年(1657年)の大火(振袖火事)を機に、幕府は江戸の都市計画を見直します。
その政策のひとつとして打ち出されたのが、大名に、屋敷を上屋敷・中屋敷・下屋敷に分けさせるというものでした。上屋敷とは大名の公邸で、藩主とその妻が生活する屋敷のことです。また、中屋敷は跡継ぎや前藩主の屋敷、下屋敷は別荘などとして使われていた屋敷を指します。
大名のなかでも最大の石高をほこる加賀藩の前田家は、神田明神近くに上屋敷を拝領しました。加賀藩は、藩主の居城が金沢にあったことから「金澤藩」ともいわれていました。つまり、神田明神近くの外神田三丁目に「金澤」という町名が伝わるのは、かつて加賀藩の藩邸があったことの名残なのです。
前田家の上屋敷は、天和二年(1682年)の火事で類焼し、幕府に没収されます。その翌年になると、湯島一丁目の職人や商人たちがそこに代地を与えられて移転してきましたが、金澤という町名はそのまま受け継がれていきました。
武家屋敷のあった金澤町ですが、のちに商人や職人の街として発展を続けます。町内には多種多様な店があったようで、文政七年(1824)に書かれた「江戸買物独案内」には「やけど妙薬」でしられた田村万兵衛、鼻紙袋や煙草入れを扱う津久田屋、瀬戸物問屋である玉川卯兵衛といった商人たちの名前が記載されています。※外神田三丁目にある金澤町の碑より転載
現在の地図では外神田三丁目2〜4番、11番の地域となり、伝説のすた丼店舗を中心にした地域と覚えていれば分かりやすい。
江戸時代の地図ではすでに神田明神は現在の場所に遷座していたようだ。地割りも現在と若干異なるために11番地が含まれるようだ。
【詳細情報】
■町会名:金澤町会
■該当地域:外神田三丁目2〜4番、11番
■碑の場所:昌平小学校裏手
■サイト等:なし
■千代田区サイト:
https://www.city.chiyoda.lg.jp/koho/bunka/bunka/chome/yurai/kanazawa.html
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