新型コロナウィルスは国内経済に多大なる爪痕を残した。もちろん秋葉原も例外ではない。需要減や消費低迷、自粛要請など理由は様々だが、秋葉原でボクたちを支えてくれていたあの店やこの店が、急遽閉店するなどの憂き目に遭っている。しかし、コロナで閉める店がある一方で、再開するという店もあるようだ。今回は昨年惜しまれつつ閉店した伝説の居酒屋「良心的な店 あさひ」復活をお知らせします。
あさひ復活のお知らせ
https://twitter.com/AkibaDailyNewsM/status/1269582722155941896
政府が緊急事態解除宣言を行った翌日の2020年5月26日、「良心的な店 あさひ」は営業再開を宣言しました。
「良心的な店 あさひ」とは
「良心的な店 あさひ」とは、秋葉原から程近い場所にある居酒屋である。「肉の万世 秋葉原本店」から靖国通りを渡り、神田須田町の路地を少し入った場所にある。(ちなみに店名は、良心的な店「あさひ」ではなく「良心的な店 あさひ」が店名です)
今では信じられないことですが、かつての秋葉原は夜閉まるのが早い「夜は眠る街」でした。これは秋葉原に青果市場があったことが影響しています。
関東大震災後の1928年(昭和3年)、復興事業の一環として現在の「秋葉原UDX」がある場所に中央卸売市場として「神田青果市場(かんだせいかいちば)」が移転。
かつての「神田青物市場」(神田青果市場の前身)は江戸時代から続く歴史ある「菜市」で、神田川や平川などの運河を利用した水運で集荷を行なっておりました。その後、「中央卸売市場法」に基き東京府(当時)に築地、神田、江東の三市場が整備されることになります。1927年(昭和2年)6月5日起工、1928年(昭和3年)11月30日竣工。「中央卸売市場法」は1918年(大正7年)の米騒動への対策、食料価格の引き下げと物価の安定を目指すものでしたが、当時貨物駅があった秋葉原に新市場を整備することで、鉄道輸送による物流の近代化と1923年(大正12年)に発生した関東大震災の被害からの都市復興を目指したのです。
それから1990年(平成2年)に大田市場へ移転するまで、青果を中心とした市場として東京都で重要な働きをすることになるのですが……とりあえずこの話はまたの機会にすることとして、閑話休題。
夜はよく眠る街 秋葉鮫
かつて「やっちゃば(神田青果市場)」があった影響で、街の活動ピークが市場に合わせた午前5時から午後3時までになり、秋葉原は「超朝型の街」として戦前戦後を歩んで参りました。戦後にラジオ部品を扱う闇市からガード下に電気街が形成されましたが、それでも街の中心は基本的に「やっちゃば」。「千代田海藻」のバラックが2012年(平成24年)に取り壊され、市場労働者向けのてんこ盛りご飯を提供していた「あだち」が「やっちゃば最後の名残」となってしまいましたが、半世紀以上に渡り秋葉原の中心は「やっちゃば」だったのです。
かつて街で取り決めが行われたのか、商売にならないから自主的にそうなったのかは定かではありませんが、秋葉原は2000年代になるまで深夜営業をする店などはほとんど無く、夜に店が閉まるのがめちゃくちゃ早い街でした。午後5時をすぎると皆店を閉め始め、中央通りのミスタードーナツも午後7時には閉店という状態。(現在もそうなので、ある意味このミスドも青果市場の名残りといえる)
いわゆる秋葉原周辺には、夜遅くまでやっている居酒屋がほぼありません。やっちゃばが大田市場に移転してからぽつりぽつりと飲食店が増えはじめましたが、築地周辺に多くの寿司屋ができたのとは違い、周囲に食べ物の店があまり立たなかったという歴史があります。(飲食店が増えはじめるのは2000年代後半くらい)
よって、アキバに集う民が夜遅くまで酒を手に腹を割って夜まで語り明かすには隣の御徒町や神田駅周辺まで行かないといけませんでした。
このような経緯もあり、秋葉原からギリギリ歩いていける「良心的な店 あさひ」に秋葉原の紳士たちが集まり、日々濃ゆい話を語り合うようになっていったのです。
何故あさひだったのか
しかし、立地だけではお店はやっていけません。あさひがアキバの民に選ばれたのには理由があります。
ここで「良心的な店 あさひ」の魅力的な特徴をご紹介しましょう。
他の追随を許さぬデザインセンス
あさひの魅力はまず、店内のデザインセンスにあります。この写真は改装前の初代あさひ店内に掲げてあったメニュープレート。わかりやすい値段表記と洗練されたデザインセンスが見るものを魅了し、来店したお客を虜にします。
ちなみに「おすすめ」と書いてあるプレートは東急ハンズでお店の人に作成して貰ったとのこと。文字数により製作費が変わるので、予算に合わせて言語を圧縮。見やすさ、わかりやすさ、理解しやすさのギリギリのラインを攻めてくるすばらしい作品です。
「ピチヤー」は「ピッチャー」、「ウロン」は「ウーロン茶」を意味している。圧縮言語といえども理解しやすい。
なお「ハイ◯」は「ピッチャーといえばボールだから」という理由で「ハイボール」を意味しています。
この後、優しいお客さんにより赤マッキーで点線が足され、より野球ボールに見える様になりました。
マスターの人柄
居酒屋の魅力はマスターの魅力と言っても過言ではありません。いつも笑顔でアキバの民を迎えてくれるあさひのマスター。来店時に話を伺ったところ「(病気で)死ぬかと思ったけど、なんとか動けるようになったから店を開けるよ。みんなに喜んでもらいたいからね。がんばるよー」と、満面の笑み。
お酒が本当に大好きで居酒屋やっているマスター。宵の口になると調理担当であるにも関わらず自ら飲み始め、「きえぇーい!」「うおぉー!」と、歌を歌いながら調理している姿がよくみられました。
安くてボリューミーなお料理
写真の大皿は二人前量ですが、一人前でもそこそこの量があります。とても一品250〜300円のお料理とは思えません。マスターはサービス精神が旺盛で、深夜になってくるとお料理の量がさらに増えることもしばしばでした。
ゆかいなマスコットたち
あさひの店内には様々なマスコットがあり、お客を出迎えてくれます。ほとんどが常連のアキバの民からの寄贈品。しかし、マスターにはメカの名前がよくわからない。メカたちはマスターによって日々勝手に命名されていくのでありました。
本誌記者(和)もよくわからないのですが、アイスバン軍はアイスバン軍であり、アイスマンはアイスマンなのだと思います。ザクとは違うのだよ、ザクとは。
ちなみにこれは以前、お店のおトイレに鎮座していたあさひ1号と
あさひ2号である。
元のキャラクターは知りませんが、ステキなお名前だと思います。
こうして「良心的な店 あさひ」はアキバに集う民の憩いの場となっていったのでありました。
突然の閉店
しかし、いつもお客が絶えない人気店でしたが、マスターが病気治療に専念することになり、昨年に突如閉店となりました。以降あさひは、多肉植物を取り扱う店になったり、金魚を売り始めたりする店へと変わっていきます。
金魚すくい居酒屋として復活!
さて、そうして惜しまれつつも閉店した「良心的な店 あさひ」ですが、先日の2020年5月26日に居酒屋再開を宣言。非常事態宣言が解除されたことに加え、マスターが無事に退院して歩けるようになったからとのことでした。
なによりもまた「秋葉原のみんなの笑顔が見たいから店を開けるんだよ」と、笑顔で語っていたのが印象的でした。
再開にあたり、店内の雰囲気も変わらず。
アイスバン軍も健在です。
なお、再開にあたり店内は10席くらいと席数は減りました。体力の関係で客席を減らしたので、その分日中に何でも屋(便利屋)でもやって生活費の足しにしようと考えているとのこと。
みんなに来てもらいたいから「お料理の値上げは考えていない」と、語っていました。
場所は秋葉原から少しのところですし、ビールを飲みながら金魚すくいもできる珍しいスポット。マスターをはじめ、お店にはステキな人たちが集うとても良い店です。みなさんも秋葉原にお出かけする機会があれば、お店をのぞいてみてはいかがでしょうか?
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!(和)
【店舗情報】
■店舗名:あさひ
■住所:東京都千代田区神田須田町1-12-6
■電話:未調査
■営業時間:未調査
■サイト等;不明
※参考:旧店舗の食べログページ:https://tabelog.com/tokyo/A1310/A131002/13077360/
この記事を書いた人
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和泉宗吾@いずみん
千葉県在住の週末都民。フリーライター兼、野生のプロデューサー。美味しいものを求め東奔西走。秋葉原プラスで記事執筆のほか、企画や催事等のお手伝いをさせていただいております。よろしくお願いいたします。
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