【小説】殺害パラドックス 第1話

scan-002_Fotorサスペンス?ホラー?ラブコメ?何?…心とコミュニケーションに響く言葉のゲーム、連載開始。

偶然の紡ぐ男女の出会い、交わり、事件、謎、暴力、目覚め、それぞれが退屈な日常を駆け巡る。ごく普通の女子大生 静眼(しずめ)とちょっとだけできる刑事 勝也との出会いから全てあの事件は始まっていた。

静眼は軽い男が嫌いだ。
でも今日は、軽い男といた方が心が晴れる気がした。
バイトを終えて、少し時間が余って、でもなんか帰宅したくないそんな気分だった。今日はなんとなく憂鬱な、グレーで染まった雨の日だったからなんだと思う。
そこへちょうどよく、軽い男が声をかけてきたのだ。

「ヒマ?」

顔は、綺麗。草食系男子というほどではないが、色白でスレンダーで、白いワイシャツが一層この人の綺麗な顔や体格を映えさせる。ズボンのベルトの骨盤に当たってる具合がこれまたなんともいえない色気というか誘いというか、そんな漠然としたフェロモンを漂わせる。

静眼は一瞬ムッ、としたが、その美しさと今の軽くなりたい気分に負けて乗ってしまった。

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彼は武藤勝也。自称警官。殺人や窃盗のような重い事件を主に担当しているのだとか。「だから僕って本当はこんなナンパするような軽い人じゃないんだよ。」なんて弁護しているが果たしてどうなのやら。静眼は小さな溜め息をつく。

「君は?名前なんていうの?」
「しずめ。」
「しず・・・?」
「静かに眼科の眼って書いて、静眼。」
「しずめ?・・・へえ、めずらしい。初めて聞いた。」勝也は目をまん丸くして笑った。
「今日、なんで1人で街歩いてたの?彼氏とかいないの?」・・・うまい聞き方するものである。
「彼氏・・・。いないわけじゃないけど・・・。」静眼は少しうつむいた。
「いないわけじゃないけど・・・?」
「なんでもない。・・・今日、バイトだったの。その帰り。」
「そっか・・・。」勝也も少し、うつむいた。

結局何時間程いたのだろうか。
少しお酒を飲んで、話をして、なんかどうでもいい昔の話をして、なんとなく気持ちが盛り上がって、雨が止んで。
二人は雪崩で山を下るようにホテルに流れ、セックスをした。
静眼も肌が透きとおるように白かった。目はさほど大きくはないし化粧も濃くはないが、スッとした端整な顔立ちで、昔から「静眼は松嶋菜々子に似てるね」とよく言われていた。要は美人だったのだ。
お酒を飲んで白さに薄い紅が乗り、余計色っぽかった。

勝也は、本当に軽くない男だった。
でも、今日はこの人にぞっこんだった。仕事の疲れと雨のアンニュイな空気に負けて、彼女を自分のエゴに巻き込んでしまった。そんな罪悪感もほのかにあった。
でも、抱かずにはいられなかったようだ。

同じ体の細さ同士だったからなのか、肌の質が似ているからなのか、初めて会ったとは思えないような相性だった。
同じリズムで体は動き、同じ速さで感覚が昇る。世界大会のテニスのラリーを観ているとたまにそんなプレーを目にする。そんな感じだった。

翌朝は、強い日差しが二人のベッドと肌を白く照らしていた。昨夜とはうってかわっての快晴だった。
「おはよう。」勝也が静眼の顔を覗きこむ。
「ん・・・。」静眼がうっすらと目を開ける。
「朝だよ。」こういう時というのはなぜか当たり前の事を普通に言ってしまう。不思議なものである。
「・・・今何時。」
勝也の白く細長い腕が腕時計を取る。「・・・7時くらい。」時計のチッチッチッ、が静かな部屋に一層の静寂をもたらす。
「ああ・・・。学校・・・。」静眼は起き上がった。サラッとした長い黒髪がスーっと枕を撫でる。
「静眼ちゃん、学生なの?」
「うん。大学に行ってる。今日1限目からあるの。」
「そっか・・・。付き合わせちゃって、ごめんね。」勝也の天性の真面目さと正義感が露になる。
「ううん。いいの。私も、なんか乗っちゃったから。」静眼はちょっと照れくさそうに言った。
「ありがとう。」勝也は静眼の唇にそっとキスした。

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「また、会ってもいい?」勝也は、ホテルを出るなり聞いた。
「うーん、どうしよっかなあ。」静眼は右上を見ながら答えた。
手を繋いだ2人は坂を下り、駅へ向かう。
「あ、そっか、彼氏いるんだっけ?」
「ううん・・・。いるというかいないというか・・・。」やはり静眼は少しうつむく。
「いるというかいないというか・・・?」勝也は不安そうに静眼を見る。
「なんか、様子が最近変なの。なんか気持ち悪くって、最近はなるべく連絡取らないようにしてるんだ。」
「変って・・・。」
「なんか、恐いの。急に脅すような事を言ったり何かに怯えたり・・・、とにかく何か変なの。何かの病気なんじゃないかって、一度病院に行く事を勧めてみたんだけど、『お前も仲間か!』みたいに怒鳴られて一度包丁向けられたことあるの。なんかあれから恐くてなんにも言えてない。会えてない。」
「ええ?それ、結構ヤバいよね?」刑事のカン的にはあまりいい気がしない。
「うん・・・。でも、離れている分には私自身は大丈夫。さすがに家まで来て刺すみたいなことは今のところないし。でも、彼自身が大丈夫なのか・・・。今はそれが心配かなあ・・・。」
「そうだったんだ・・・。」
手を繋いだまま、電車の走る音が二人を包む。
「ここまでで大丈夫。ありがとう。」
「うん。こちらこそ。」
「あ。」勝也はカバンから名刺を取り出した。
「一応。何かあったら、ここに連絡して。携帯のアドレスは、静眼ちゃんがフリーになったら交換しよっかな。」勝也はニコっと歯を見せて笑った。
「ありがとう。」静眼は両手で名刺をじっと見つめた。「何かあったら、じゃあ連絡します。」
「うん。遠慮しないでね。」
「ありがとう。じゃあ、またいつか。」静眼はササッと改札まで駆けて行った。
・・・かわいい・・・。勝也は少し顔を赤らめた。
またいつか・・・。ちょっとドキドキして、彼は署に向かった。

(続)

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uyu
コミュニケーションハッカー。新時代のゲームPHEAlosophy(フィーロソフィー)研究所、AkibaColoursで『日本のサブカルチャーが人の心に与える影響』について日々研究している。あらゆる心理セラピー、自己啓発、コーチングに静かなる反旗を翻す『カラーチャット』というゲームの提供も行っている。普段は秋葉原の神田明神すぐ裏でひっそりと暮らしている。HP→http://akibacolours.main.jp