コミュニケーションハッカー 〜救命チャット24時〜:Case0 離れていても独りにしたくないから。

comh1-2_Fotor新シリーズエッセイ、「コミュニケーションハッカー」。これは本当に起こっている本当のケース。秋葉原の小さなマンションの一角で、今日も僕はチャットで人の人生に寄り添う。リアルライフRPGという、人生を変えるゲームで。

「uyu、これ誰にも言えないけど、私もう死にたい。」

あの彼女の電話で、僕の24時間体制は始まった。

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彼女は大阪に住む僕の友達だった。

一時期僕の事情で音信不通になっていたが、僕が上京してからまたFacebookで繋がり連絡を取り合うようになった。

その頃の僕は、セラピーやコーチングという分野に辟易していた。まあ、今もそうなのだが。

その理由はこれらの職種の説明と一緒に、追々少しずつ書いていこうと思うが、そう言いながらも紆余曲折あって僕はこういった仕事をコツコツ再開していた。

人間関係の悩みや、自分を見失っているという訴えなどに対し、深層心理やコミュニケーションの仕組みを応用したスキルを提供し、解決法を導き出すといったことをしていた。

それはいわゆる普通のカウンセリングに毛が生えたような内容で、単発的で一時的なサポートだった。

ある日、僕は彼女のTwitterで嫌な予感をキャッチした。

この第六感はいつのまにやら身に付いていた。
まあ第六感といっても、単に深層心理やコミュニケーションの仕組みをマスターして読心が速くなったというだけのことだ。速くて透視のように見えるだけなのだが。

彼女が何かと自分を断絶させていなくなりそうな変な予感がしたのだ。

多分気のせいだろうと思いつつ、念のため「声聞かせてね」みたいな事をリプした。

そして電話は来た。朝方だったか夜遅くだったか…忘れてしまったが、とにかく情緒が安定していないというのは電話に出た瞬間すぐに分かった。

やはりそうか…。と感じた。

実は彼女は、かつてとある心理セラピースキルを共に学ぶセラピスト仲間だった。
同じ学校で同じ授業を受け、共に泣き共に笑う、大切な仲間だった。

以前僕がインフルエンザで倒れた時、家に僕一人しかいないのを知ってご飯を作りに来てくれたこともあった。今でもそれは本当に感謝している。

そんな彼女の電話の内容は、不憫としか言いようがなかった。

その共に学んだという学校の生徒や先生達が、彼女の情緒不安定や個性的な性格を罵ったり見下したりと、とにかく酷かったのだ。

人の心を救うという人間がそのような扱いをするのか。僕は心から怒りを覚えた。
前々から、その学校には違和感と反感を覚えていた。先ほどの追々書こうと思っている僕の事情は、これも理由の一つだった。

そこの人間を見ていて、セラピストやコーチングの仕事に嫌気が指したのだ。

さらに許せなかったのが、彼女を離婚に追いつめるまでの浮気をさせて、最後は自分が結婚して彼女を裏切ったというそこの学校の教師だ。

ボロボロになっていた彼女は、「uyu…、これ、誰にも言えへんけど、私ほんまにもう死にたい。ほんまにしんどい。」そう号泣した。

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「離婚して家も子どもも何もかも失って、しかも先生達から『もうお前は手に負えない。もう学校に来るな。』と言われて。私もうどうしたらええの?」…何もかも失った彼女はショックが大きすぎたようだ。

…セラピストのクセに「手に負えない」だと?ふざけるな。

僕の怒りはもはや鬼火だった。メラメラ熱く大きく燃えるのではなく、小さく静かに、ゆらゆらと灯されていた。だが、炎は赤より青の方が温度が高い。そんな感じだった。

何がセラピストだ。ふざけるな。

僕は今まで封印していたスキルと第六感をこの瞬間に一気に全て解放した。もう手段を選んでいる場合ではない。彼女はいつ自殺をするか分からないのだ。

たしかに、ただの口だけの死にたがりというのも世の中にはいる。だが、僕はそういう人とそうでない本気で死にたい人の違いが分かる。視えてしまうのだ。彼女は紛れも無く本当の抑うつ状態だった。それなら遠慮や抵抗なんてしている場合ではない。

電話だから顔色や仕草などからの読心はできなかったが、僕は彼女の醸す空気や雰囲気、声色やトーンで判断し、慎重に電話での対話を重ねた。

そうして1時間くらいして、彼女は優しく笑うようになり、「また電話するね」と電話を切ったのだった。

…はあー…。
よかった…回復した…。

がくっ…。

僕は電話が切れた瞬間一気に脱力した。

たしかに、「手に負えない」と彼らが言うのも実はうなずけるのだ。先述のとおり、彼女は情緒不安定で個性の強い難しい人ではあるのだ。
それでも、もっとましな対応してあげられないのかと思わずにはいられない。

そうか。彼らの「手に負えない」人というのもいるわけか。

じゃあ、僕はその「手に負えない」人のシェルターでいたい。そう単純に思ったのだった。

その瞬間から、僕はセラピストではなくなっていた。

もはや僕はハッカーだった。

…正直、それは自分で結構前から分かっていた。

なんでみんな分からないんだ?気づかないんだ?

このクライアントさんの問題をなんで見抜けないんだ?

こいつら何勉強してきたんだ?なんでこんな簡単な精神状態、見抜けないんだ?

なんでそんな視野の狭いアドバイスをクライアントさんにするんだ?

大阪で勉強をして半年くらいが過ぎてから、そういうもどかしさを抱えながら彼らを見るようになっていった。

だから、僕は次第に避けられるようになった。まるで猛獣を隅に追いやるか腫れ物に触れるように、みんな僕を扱うようになった。
僕が簡単に一瞬で心の中と悩みの核心が視え、心の闇が暴かれるので、怖くて避けるようになったからだ。

そして、僕も彼らを避けるようになった。みんなはっきり言ってクライアントさんへのアプローチが下手に見えてしまい、かと言って直すつもりもないという意思が滲み出ていたので、僕は見苦しくてその学校とは縁を切った。

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その死にたいと嘆いていた彼女、あれから何度か電話やチャットが来た。
そして、結局彼女は完全に回復し、新しい人生をやり直し始めた。

あの状態だったら、鎮静剤か抗不安薬の緊急服用と抗うつ薬の継続的服用が必要と医者なら判断しただろう。

とりあえずよかった。という安心と共に、僕の中で決意の芽が生えた。

…僕はあいつらとは違う。

「もう手に負えない」人なんて僕にはいない。

いや、むしろ逆だ。

手に負えてしまうのだ。手に負えるか考える前に一瞬で視えてしまうのだ。

その人の心理が。その人の問題の核心が。その人に今その瞬間必要なものが。

視えてしまうのだ。分かってしまうのだ。目を逸らそうとする前に光速で脳内に侵入してしまうのだ。一筋の答えの道が。

まるでコンピュータをハッキングするかのように、情報がスルスルと頭の中に入ってきてしまうのだ。

…これ、どうせならまともな使い方したいよなあ…。僕は自然とそんな風にぼんやり考えるようになっていた。
ただ人に気味悪がられるためにある能力なんて、悲しすぎる。

気づけば僕は、24時間「もう手に負えない」と扱われる人からのSOSを待つような生活になっていた。

(続)

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この記事を書いた人

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uyu
コミュニケーションハッカー。新時代のゲームPHEAlosophy(フィーロソフィー)研究所、AkibaColoursで『日本のサブカルチャーが人の心に与える影響』について日々研究している。あらゆる心理セラピー、自己啓発、コーチングに静かなる反旗を翻す『カラーチャット』というゲームの提供も行っている。普段は秋葉原の神田明神すぐ裏でひっそりと暮らしている。HP→http://akibacolours.main.jp